おととと・・・。
ふと気づけば、ブログ上では旅が終わっておりませんでした。
とっくに関西に帰ってきているので、区切りをつけるエントリいたします。
さて、会津若松の最終日は、まったりボーリングなどしつつ、夜は「ふるさとフラメンコ’10」でした。
昨年からお付き合いの始まった、熊坂ジュミコさんの主催する「ペーニャあいづ」さんのスタジオに乱入。
今年は帰省の時期がずれたので、昨年やらせて頂いた、喜多方の現場にはいけなかったのですが、来年は「会津若松出身者フラメンコライブ!」が開催されるかもしれないので、そん時には馳せ参じるのです。
因みに、昨年の記念写真を頂いたので、写真を写真にしてみました。
もう、もはや、スキャニングの方がめんどくさいです。
画質は荒れているほうが肖像権を侵害しないのです。
さて、次の日は帰路に着きましたが、家人達がまんまと寝入ってくれたので、ひた走ります。
一回目の休憩が富山県は「有磯海」。
事故渋滞に見舞われながらも、2回目の休憩は福井県の南条。
で、無事帰阪です。
ところで、昨年辺りからぼちぼちピアスを復活させまして、春くらいからは着けっ放しなんですが、旅の途中で家人が「あら、ピアスしてんの?」とか言うのにはびっくり。
何ヶ月も気づかなかった模様で。
そういや、僕が穴をあけた時分は、右側につけると○イの証という話でしたが、あれってホンマにそうだったんでしょうか。
噂が先で実際の分布がそうなったのか、はたまた噂では無くて実際そうだったのか、ふと疑問に思いました。
まぁ、今みたいに複数つけたり、ボディピアシングとかが無かった頃だから、成り立つしるしかもしれませんが。
・・・と思ってググって見ましたら、ところがどっこい、「古代ヨーロッパでは・・・」みたいな話を見つけました→ヤフー知恵袋
典拠は不明ですが、いやはや、こういう文化というか動機というかを見ると、お恥ずかしい限りです。
僕の動機は、小学生の時に読んだ、姉の少女漫画の刷り込みのようなので・・・。