いや、歩いてこられたんでしょう。
姉の嫁ぎ先のすぐ近くには、空也上人の建立したといわれるお寺がありましたとさ。
18年住んでいた筈なのに、全く知りませんでした。
国の重要文化財だったりして、またまたびっくり。
因みに上人の伝えたものとされる踊念仏も今に残されており、祭りの時には披露されるそうです。
このお寺、八葉寺(はちようじ) といいます。
会津高野山とよばれ、霊場でもあり、かつては「口寄せ」できる人が居たそうです。
で、色々写真とって見たんですが、なんせいきあたりバッタリなもので、取り漏れだらけでした・・・。
携帯カメラだったので、反応も悪くピンボケ多数なので、
とりあえず、本堂はこちらのサイトが見やすいです。
・・・あらら?
何か自分で取った画像がアップできないので(=アメブロめ!)写真群はまたあら改めて補完していこうかと思います。
それはさておき、郷土ロマン的な話題としては、空也上人はお寺の建立をしたということだけではなく、なんと、なくなったのもこの地であると言う伝承があるそうです。
・・・というか、立派なお墓がありました。
だいたい伝承というのは
いかに真実らしいか?
ということではなくて、
その伝承が語られる事になった「いわれ」
の方が重要だと思うのでアレですが、やはりなんとなく気になるので、ちょっと調べてみますると、
こちらでは京都の六波羅蜜寺で亡くなったことになっております。
ところが、六波羅蜜時のご住職はこんなことを言っておられます。
大伽藍があり慕う人が大勢いたのに、空也上人は、のちにすべてを弟子の中信(ちゅうしん)に託し、念仏をあげにひとり東北へ行かれました。またすべてを捨てて旅立たれたのです。人を救うために。だから、弟子はみな、空也上人になろうとしました。JR(京都物語)
文面からは、
全てのものを断ち切って東北へ向かう空也上人は帰っては来なかった・・・。
というニュアンスなんですけどどうですかね。
とは言え、そういったお話は素人の手には余りそうなので、この辺で。
ま、なんにせよ、久々に畏怖の心が湧いたのは、なんともいえない感じでした。
ということで、またいつか画像類を補完しようかなと思いつつ、今日のところは失礼致します。