火曜の真っ昼間に、フラメンコの偉大な踊り手である、エバ・ジェルバブエナの公演を観に行った。
超満員。
同公演のプレイガイド番組に、末席ながらも出演させて頂いた私としては、是が非でも行かないわけにはいきますまい。
奄美大島、和太鼓、フラメンコの饗宴…。
パッと見ると、いわゆる「コラボもの」として、身構える向きも、少なからずあるはずで、正直に申し上げると、私もその「少なからず」の方の人間でありました。
前段のプレイガイド番組の件を鑑みると、甚だ不義理に思われるでしょうが、最初に頂いた資料は本国の公演の物だったのであります。
…そして、はじまるやいなや…、惹き込まれました。
奄美の唄とフラメンコギターの溶け合い。
クロスフェードしあう、フラメンコの唄と奄美の唄。
フラメンコの踊りとバレエの会話。
音楽と踊りのアンサンブル。
異文化同士が、これ程まで自然に、かつ完全に絡み合う様を、観たことがありません。
ラストシーン…感涙。
涙腺が弱くなり続けております。
あぁ…、先週、映画「盆唄」で得た感動と同じ種類のものなんだ…と気づく。
えぇ、脳みそがそのような回路で2つを繋ぎ合せたんだろうとは思いますけど、ええじゃないですか。
「盆唄」は、
福島第一原発事故後に避難生活を余儀なくされてなお、避難先で、故郷双葉町の「盆唄」を保存しておられる方々と、
100年前に福島からハワイへ移民した人々が伝えた「福島音頭」(今もマウイ、オワフ、ハワイ島などで唄い、踊られている!)を、今なお「盆踊り」の場で、唄い継ぎ、踊り継ぎ、発展させている方々と(日本語はもう話せない世代!)、
逆に、200年前に今の富山県から双葉町へ、移住してきた(先に述べた、盆唄を保存するメンバーの中のお一人のご先祖)家族の、
時空を超えた、故郷を失った方々と其処にある唄、の物語。
中でも軸になるのは、双葉町の方々であり、原発事故と、その被害に今も遭い続けている方々がいらっしゃること、それらについて考えさせられるのは言うまでもないことなのですが、もう1つの軸、唄と踊り、太鼓とお囃子、の素晴らしさに、まさに度肝を抜かれました。
はからずも私は、民族音楽に心惹かれ、勉強し、演奏しておりますが、自分のリズムと、かの国々のそれとには、「超え難い違い」が存在する…のを、常に感じております。
「血」「壁」等、さまざまな言い換えが出来ます。
そんな「超え難い違い」の生ずるところ、その1つの答えを、映画「盆唄」に観たのです。
こんな凄いものが、私の生まれた福島県にはあったのか…、と。
それは、所謂「伝統」?
…或いは、「ナマの生活」なのかもしれません。
あの方々は市井の唄い手、太鼓叩き、踊り手さんでしょうから。
その方々に、色んな国、の伝説的な表現者を重ね合わせました。
…そして、エバ公演での、異文化の、とてつもない融合。
異文化同士を繋いだのは?
実は、互いに異なった「血」そのもの…、という、目眩にも似た感覚。
自問:さて、どうしますか?木村くん。
自答:目眩は覚醒の素ちゃいますかね。
追記:
映画「盆唄」を、甚だしく私的な方面に引き寄せてブログを書きました。
本来なら、福島第一原発事故による、避難生活を余儀なくされている方々が、今も数多くいらっしゃることについて、もっと言及しなくてはいけなかったかもしれません。
故郷を離れて暮らす中での苦しみ…時には、200年前に双葉に移り住んだ家族、100年前にハワイに移民された方々のように、言われなき差別や諍いに巻き込まれる事もあろうかと、思います。
様々な形で故郷を奪われた方々が、少しでも、心穏やかに毎日を過ごすことができますように、
1分、1秒も早く、汚染された土地が元通りになりますように、
その為に、私たちの全てが、子や孫の代までだけでなく、その先に続くナマの生活のことを考えることが出来るようになりますように…、
心から祈念して筆を折ります。